韓国中部の都市・清州(チョンジュ)の中心部には、現代の街並みの中に、古代の仏教文化を伝える鉄製の幢竿が残されています。
それが、**国宝第41号「清州・龍頭寺址鉄幢竿」**です。
鉄幢竿は、石造りの2本の支柱に支えられた鉄製の構造物で、現在確認できる高さは約12.7mです。この場所にはかつて龍頭寺(ヨンドゥサ)があったとされ、寺院跡を示す名称として「龍頭寺址」が用いられています。高麗時代の仏教文化を伝える、清州中心部の重要な文化遺産です。


962年に造られた高麗時代の鉄製幢竿
龍頭寺址鉄幢竿は、銘文によれば**高麗時代の962年(光宗13年)**に建立されたと考えられています。
「幢竿(とうかん)」とは、寺院で「幢(とう)」と呼ばれる旗などを掲げるための柱です。寺院の境内や周辺に建てられ、仏教儀礼や寺院の存在と関わる施設として用いられました。
龍頭寺址鉄幢竿の大きな特徴は、主要部分が鉄で造られていることです。
現存する鉄幢竿は、複数の円筒形の鉄筒を上下につないだ構造で、石造りの2本の支柱と基礎部分も残っています。高さは約12.7mとされ、現存する高麗時代の鉄製幢竿の代表例の一つです。
鉄幢竿に刻まれた銘文
この鉄幢竿の重要な特徴の一つが、鉄筒に刻まれた銘文です。

銘文には、鉄幢竿が962年に建立されたことや、建立に関わった人物・目的などが記されています。資料では、当時の人々が国家や地域の安寧を願い、仏教的な功徳を求めて建立したことが示されています。
ただし、提示された出典だけから、銘文の内容を「疫病などの災いを避ける願い」と具体的に断定することはできません。銘文は、建立年代や建立の背景を知るうえで重要な一次資料であり、高麗初期の仏教信仰や社会の一端を伝えています。
「船」のような清州を守る?
龍頭寺址鉄幢竿には、清州にまつわる伝承も紹介されています。
清州を船に見立て、鉄幢竿をその帆柱にたとえるという話です。国家遺産関連の解説では、鉄幢竿を船の帆柱のように立てることで、地域の安寧を願ったという趣旨の伝承が紹介されています。
これは歴史的事実として確定した説明というより、鉄幢竿の意味をめぐって伝えられてきた地域の説話・解釈として理解するのが適切です。
現代の清州中心街で出会う高麗時代の遺産
龍頭寺は現在残っておらず、鉄幢竿だけが寺院跡を示す遺構として保存されています。
一方、提示された出典からは、龍頭寺が「高麗時代後期に戦乱によって廃寺になった」とまで断定する根拠は確認できません。そのため、寺院の廃絶時期や理由については、ここでは特定しません。
現在の所在地は、清州市の中心部にあたる忠清北道清州市上党区南門路2街48-19です。周辺には商業施設や飲食店などが集まり、現代の市街地の中で高麗時代の遺構を見学できます。
国宝に指定された鉄造文化遺産
清州・龍頭寺址鉄幢竿は、1962年12月20日に国宝第41号に指定されました。
韓国に残る鉄製幢竿の中でも重要な遺構であり、高麗時代の仏教文化や金属加工技術を考えるうえで価値があります。ただし、「韓国に現存する鉄製幢竿は非常に少ない」といった比較表現は、提示された出典だけでは具体的な根拠を確認できないため、ここでは断定を避けます。
清州を訪れる際には、中心街の散策と合わせて、高麗時代の文化遺産を見学できる場所として立ち寄る価値があります。
基本情報
| 項目 | 内容 |
| 名称 | 清州・龍頭寺址鉄幢竿 |
| 韓国語 | 청주 용두사지 철당간 |
| 建立年代 | 高麗時代・962年(光宗13年) |
| 指定名称 | 国宝第41号「清州・龍頭寺址鉄幢竿」 |
| 国宝指定日 | 1962年12月20日 |
| 高さ | 約12.7m |
| 所在地 | 忠清北道 清州市 上党区 南門路2街48-19 |
| 寺院の歴史 | この場所にはかつて龍頭寺があったとされるが、廃寺の時期や理由は提示された出典だけでは特定しにくい |
| 見学 | 屋外に保存されているため、周辺から見学可能 |
※建立年代、指定名称、指定日、高さ、所在地などは、提示された韓国の文化遺産関連資料および韓国民族文化大百科事典の記載に基づいて整理しています。銘文の具体的な解釈や龍頭寺の廃絶時期については、追加の専門資料による確認が必要です。

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