新羅の三国統一を支えた名将が眠る場所
韓国・慶州(キョンジュ)にある「金庾信将軍墓(キム・ユシン将軍墓)」は、新羅の三国統一に大きく貢献した名将、金庾信(キム・ユシン)が眠ると伝えられる墓です。
新羅の歴史を語るうえで欠かせない人物である金庾信。歴史的な背景を知ってから訪れると、静かな墓の風景や周囲に残る石造彫刻を、より興味深く見学できます。


三国統一に貢献した新羅の名将・金庾信
7世紀の朝鮮半島では、新羅(シルラ)、百済(ペクチェ)、高句麗(コグリョ)の三国が勢力を争っていました。
金庾信は、新羅を代表する武将として活躍し、太宗武烈王(テジョンムヨルワン)の時代には唐と連携して百済を滅ぼしました。その後、668年には新羅が高句麗を滅ぼし、さらに唐の勢力を朝鮮半島から退ける過程でも重要な役割を果たしました。




こうした歴史の中で、金庾信は新羅の三国統一を支えた英雄として、後世まで語り継がれています。死後には、興徳王の時代に「興武大王(フンムデワン)」の称号を贈られました。
墓を守る十二支神像に注目
金庾信将軍墓の見どころは、円形の墓を取り囲むように配置された石造りの護石と、そこに刻まれた十二支神像です。












巳(み)、午(うま)、未(ひつじ)、申(さる)、酉(とり)、戌(いぬ)、亥(い)、子(ね)、 丑(うし)、寅(とら)、卯(う)、辰(たつ)
十二支神像は、十二支に対応する動物の頭と人間の身体を組み合わせた姿で表現されています。墓の周囲に立つ像が、まるで将軍の眠りを守っているかのような印象を与えます。
一般的な新羅時代の十二支神像には武官姿のものも多く見られますが、金庾信将軍墓の像は文官風の衣装をまとい、さまざまな武器を手にしている点が特徴です。
十二支神像の表情や衣装、手に持つ武器などを一つずつ観察してみると、当時の石造彫刻の技術や、新羅の人々が墓に込めた思いを感じることができます。
慶州には多くの新羅時代の古墳が残されていますが、金庾信将軍墓は、こうした十二支神像を間近で観察できる歴史スポットの一つです。
韓国ドラマ『善徳女王』で知られる金庾信

金庾信は、2009年に韓国MBCで放送された歴史ドラマ『善徳女王(ソンドク女王)』にも登場します。ドラマでは、俳優オム・テウンが金庾信を演じ、後に新羅初の女王となる徳曼(トンマン)との関係を通じて、当時の新羅の政治や権力争いが描かれました。
ドラマを見たことがある方なら、金庾信将軍墓を訪れることで、物語の背景にある新羅の歴史をさらに身近に感じられるかもしれません。
※ドラマには創作された人物関係や物語上の演出も含まれています。史跡を訪れる際には、ドラマの描写と史実を区別して楽しみましょう。
慶州の歴史散策におすすめ
金庾信将軍墓は、華やかな宮殿跡や大規模な観光施設とは異なり、落ち着いた雰囲気の中で新羅の歴史に触れられる場所です。
三国統一の歴史に興味がある方はもちろん、古墳や石造文化財をじっくり見学したい方にもおすすめです。
慶州を訪れる際には、金庾信将軍墓をはじめ、太宗武烈王陵や大陵苑(テヌンウォン)などの史跡もあわせて巡ると、新羅の歴史をより深く理解できるでしょう。
古都・慶州で、新羅の英雄が生きた時代に思いをはせながら、歴史散策を楽しんでみてはいかがでしょうか。
基本情報
| 項目 | 内容 |
| 名称 | 金庾信将軍墓(キム・ユシン将軍墓) |
| 韓国語名 | 김유신장군묘 |
| 所在地 | 慶尚北道 慶州市 忠孝洞 山7-1 |
| 電話番号 | 054-750-8500 |
| 見学時間 | 9:00~18:00(掲載情報による) |
| 休業日 | 年中無休(掲載情報による) |
| アクセス | 慶州市外バスターミナルからタクシーで約5分 |
| 見どころ | 円墳、護石、十二支神像 |
※見学時間・休業日・入場料などは変更される場合があります。訪問前に最新情報をご確認ください。
行き方:慶州市外バスターミナルまたは高速バスターミナルから一般タクシーを利用する。所要時間約5分くらい



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