**皇龍寺址(황룡사지)は、ユネスコ世界遺産に登録されている「慶州歴史地域(경주역사유적지구)」**を構成する重要な遺跡の一つです。
かつてこの場所には、新羅を代表する大規模な寺院「皇龍寺(황룡사)」が建っていました。






現在は広々とした史跡として整備され、建物そのものは残っていませんが、発掘調査によって確認された建物跡や礎石、九層木塔跡などから、当時の皇龍寺の壮大な規模を知ることができます。
皇龍寺の由来
皇龍寺の歴史は、新羅の第24代・**真興王(진흥왕)**の時代にまでさかのぼります。
553年、真興王はこの場所に新しい宮殿を建てようとしました。しかし、工事の途中で宮殿の敷地から黄色い龍が現れたという伝説があります。
この出来事を受けて宮殿ではなく寺院を建てることになり、「皇龍寺」と名付けられたと伝えられています。
その後、皇龍寺は長い年月をかけて整備され、新羅を代表する国家的な寺院へと発展しました。
新羅の護国を願った皇龍寺
皇龍寺は、単なる仏教寺院ではなく、国家の安寧を願う重要な祈願の場でもありました。
特に善徳女王の時代には、外敵から国を守ることを願って九層木塔が建てられました。


高さは約80mに達したと考えられており、当時の新羅を象徴する巨大な木造建築でした。
現在、木塔そのものは残っていませんが、塔が建っていた場所には基壇や心礎などが残されています。
皇龍寺址に残る遺跡
発掘調査によって、皇龍寺には中門、九層木塔、金堂、講堂などが配置されていたことが確認されています。
当初は中門、木塔、金堂、講堂が南北に並ぶ形式でしたが、その後、金堂の左右に小金堂が加わり、一塔三金堂式と呼ばれる特徴的な伽藍配置へと変化しました。








九層木塔の左右には鐘楼と経楼があり、寺院全体は回廊で囲まれていました。
現在は建物が失われていますが、広い敷地に残る建物跡や礎石を見ながら、かつての皇龍寺の姿を想像することができます。
発掘された貴重な遺物
皇龍寺址では発掘調査によって、金銅仏立像や風鐸、金銅製品、ガラス製品など、数多くの遺物が発見されています。
大型の**鴟尾(しび)**なども出土しており、当時の建築物の規模や新羅の文化を知る貴重な資料となっています。
九層木塔跡からは中国・唐代の白磁壺も出土しており、当時の新羅と中国との文化交流を知る手がかりにもなっています。
1238年に焼失
長い歴史を持つ皇龍寺でしたが、1238年、モンゴル軍の侵入によって焼失しました。
その後、皇龍寺が再建されることはなく、現在では広大な寺院跡が残されています。
皇龍寺歴史文化館もおすすめ
皇龍寺址を訪れたら、近くにある**皇龍寺歴史文化館(황룡사역사문화관)**にも立ち寄ってみましょう。


館内では皇龍寺の歴史や発掘調査について紹介されており、九層木塔の1/10模型も展示されています。
現在は失われた皇龍寺や九層木塔の姿を模型や展示資料で確認してから皇龍寺址を歩くと、広大な遺跡の意味をより分かりやすく感じることができます。
世界遺産「慶州歴史地域」
「慶州歴史地域」は、新羅の都だった慶州に残る多くの歴史遺跡をまとめた世界遺産です。
皇龍寺址のほか、芬皇寺(분황사)、月城地区、南山地区、大陵苑地区など、新羅の歴史を伝えるさまざまな遺跡が含まれています。
皇龍寺址を訪れる際には、こうした周辺の世界遺産と合わせて巡ることで、新羅の都・慶州の歴史をより深く楽しむことができます。
皇龍寺址は、現在残っている建物を見るだけではなく、世界遺産「慶州歴史地域」の中で、新羅の国家的な寺院があった場所を実際に歩いて感じることができる史跡です。
慶州を訪れた際には、皇龍寺歴史文化館と合わせて見学してみてください。
基本情報
| 項目 | 内容 |
| 名称 | 皇龍寺址(황룡사지) |
| 世界遺産 | 慶州歴史地域(경주역사유적지구) |
| 住所 | 慶尚北道 慶州市 臨海路64-19 |
| 見どころ | 皇龍寺建物跡、九層木塔跡、礎石など |
| 関連施設 | 皇龍寺歴史文化館 |
| 周辺観光 | 芬皇寺、瞻星台、東宮と月池、国立慶州博物館 |
周辺の観光スポット
皇龍寺址は、慶州市内の主要な新羅時代の観光スポットからも近く、周辺の史跡と合わせて訪れることができます。
近くには芬皇寺(분황사)、瞻星台(첨성대)、東宮と月池(동궁과 월지)、国立慶州博物館などがあります。
新羅の歴史や文化をテーマに慶州を観光する場合は、これらのスポットと組み合わせると、より充実した歴史散策を楽しめます。
写真登録 2005-11-12


コメント